3月10日(日)。マラソン当日。
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ホテルで朝食をとろうかと思いましたが,きっと食べ過ぎてしまうと思い,前の日にかっておいた胡桃パンとソーセージパンで軽めの朝食です。
土曜日は,5月の暖かさでしたが,同じくらい暑いと脱水になりかねないな~などと思いながら会場へ。
走る前,東日本大震災で犠牲になった方々に黙祷をしました。
去年は,この大会は,地震から1年目の3月11日で,そのときも走る前に黙祷しましたが,そのときと,気持ちがだいぶ変わってしまっていることに気付きました。
去年は,大勢の人が犠牲になっているのに,マラソンなんか走っていいんだろうか,と思ったり,いや,走らせてもらえることが有り難い,感謝の気持ちをもって走ろうと思ったりしていました。
ところが,今年は,復興はまだまだなのに,私の心から,被災した方々への思いが薄らいでしまっているような…。
でも,それに気付くことができたのは良かったかも知れません。
そんなこんなでスタートしたのですが,走り始めは暑いぐらいだったのに,途中から,雨に。
しかも,気温がぐんと下がり,強い雨と北風。だいぶ寒くなりました。
だんなさんは,10キロ,20キロ,30キロの各地点で応援してくれて,私も,30キロぐらいまでは,何とか頑張ったのですが,30キロすぎにだいぶへばり,36キロぐらいからは,右膝が痛み,ついに,歩いてしまいました!
歩いちゃうなんて,屈辱的。
しばらく,雨の中を歩いていましたが,このままでは,ゴールできないと思い,また,走り始めました。
本当に辛かったですが,なんとか完走。
タイムは,去年よりも悪くなってしまいましたが,右膝故障で,この2か月,ほとんど練習できなかったので,完走できたことで,自分としては満足でした。
このあと,人が多く,大渋滞となり,ゴールしてから30分近く雨の中にいたのですが,ずぶ濡れだったので,体が冷えてしまい,震えがとまらなくなってしまい,結局,救護室に行きました。
私の失敗ですが,着替えを持っておらず,救護所では,濡れた衣類の間にタオルをはさんでもらい,毛布2枚にくるまって,回復を待ちました。
体温をはかってもらったら,35度で,いわゆる低体温症。
ほかにも,大勢の人が同じような状態になってしまったようで,ベッドに寝かせられている人もたくさんいました。
私は,そこまでひどくなかったので,イスに座っていましたが,だんなさんとは電話がつながらず,居場所を伝えられず,困っていたところ,ようやく,一度だけ電話がつながり,救護所まで迎えに来てもらいました。
そこで,だんなさんが自分の着ていたものを貸してくれて,ようやく,濡れた衣類を脱ぐことができました。
これで,少し状況は落ち着きましたが,人が多くて,タクシーも拾えず,何とか歩いて地下鉄の駅まで向かいました。
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よれよれになりながら,駅まで向かっている途中,昨日とは違う和菓子屋さんを見つけて,よもぎ餅,桜餅,よもぎ大福を買いました。
こんな状態になりながら,和菓子を食べようという私を見て,だんなさんは,もう大丈夫だね,と言っていましたが,そのとおり,自分でも,驚きの回復ぶりでした。
それにしても,今回,だんなさんが京都まで一緒に来てくれていなかったらどうなっただろう,と思うと,ほんとにありがたい,という言葉しかありません。
ホテルに着いて,お風呂に入って,冷え切った体を温めてから,夜は,予定どおり,友人も入れて,3名で,お気に入りのお店に行きました。
ワインとともに,ワインとよく合う料理の数々。
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前菜です。
里芋のサラダみたいなのも,レバーパテも,どれもこれも美味しい~。
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牡蠣とチーズのピザ。
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厚切りベーコン。
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春キャベツ。
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ポンカンを乗せたフェンネルのサラダ。
低体温症もどこへやら,といった食べっぷりでした。
ほんと,いろんなことのあった一日でしたが,やっぱり,こんな一日が過ごせるなんて,だんなさんを始め,もろもろに感謝しなければなりませんね。
だんなさんは,一足早く,日曜日のうちに帰ってしまったので,翌日の月曜日,一人で,ホテルでゆっくり,バイキングの朝食をとりました。
夜にたくさん食べたのに,バイキングだとついつい食べ過ぎます。
ここのホテルのものは,どれも,結構,イケます。
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オムレツは,好きな具を選ぶと,目の前で焼いてくれます。
パンは,どれも美味しい。
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パンケーキとフレンチトースト。そして,コーンポタージュも。
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シリアル&フルーツ。
満腹状態で,動く気もせず,どこの観光もしないで,駅で巻き寿司を買って新幹線へ。
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帰りの新幹線で食べた巻き寿司です。
伊達巻き寿司が好物なので,伊達巻き寿司だけにすればよかった…などと思いつつ。
もちろん,マラソン出走が主目的の旅行ですが,旅の楽しみは,やっぱり食べることです。
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